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抄録

Webシンポジウム

2050年の社会・医療・AI・生活の全体を議論する

Jun Miyake Laboratory

Foresight Deep Intelligence

Graduate School of Engineering, Osaka University​

 当Webシンポジウムは、2020年10月に大阪市で行われた数回の会議を記録するものである。当該会議は、大学医学部、AI研究者、AIベンチャー企業、クリエイティブ企業、製造業、保険業、食品企業など幅広い方々が参加した試みであった。

 内外で「2050年に向けての社会の変容」が議論されることが多いが、経済、人口、AI、医療などそれぞれの視点だけでは社会の全体像をつかみにくいものである。そこで、奈良県立医大、川崎医大、阪大が行っていた共同研究の枠を広げ、様々な分野の専門家を招いて議論を行った。参加者からは、未来志向の試みとして極めて有益であったとの評価があり、その内容をまとめて次の段階での議論のたたき台としようと言うことになった。当該Webシンポジウムは、議論の基本となったそれぞれの参加者の考え方を簡単に要旨として集めたものである。今後、より詳細な内容紹介も行いたいと考えている。

目次

1.医学の限界はどこにある●奈良県立医科大学 斎藤能彦 教授(座長)
2.AIと医学・画像解析の究極へ●大阪大学データビリティー研究機構 新岡宏彦 特任准教授(企画リーダー)
3.新型コロナ後の「幸福」を考える●川崎医科大学 上村史朗 教授
4.人口減で疎遠になる人間の幸福●大阪大学グローバルコラボレーションセンター 住村欣範 准教授
5.食の機能性・バイオマスを利用した産業化●徳島大学・大学院社会産業理工学研究部 中澤慶久 教授

6. 人々に幸福をもたらす体制づくり 赤塚神社(神職)眞田文博

7.工学と医学の異同と・発展の方向を探る●奈良県立医科大学 尾上健児 講師(企画サブリーダー)
8.ポジティブ発想に基づく、社会にインクルードされた保険の在り方●三井住友海上火災保険(株) 島 良一 課長
9.AIと未来の医療 大阪大学工学系研究科●三宅 淳特任教授(世話人)

 

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01. 新しい成熟社会に向けての新しい医学の価値観 奈良県立医科大学・循環器内科・斎藤能彦 教授

 

我が国は、世界の中で、少子高齢化の最先進国となった。古代から中生まで、多く一般人類は世界の居住地に関わらず、非衛生、低栄養、飢餓とともに、感染症により短命であり、平均寿命は24-25年と言われている。先進国で1900年ごろに40年から50年まで延長させてきた。我が国でも、平均寿命は江戸時代では30年から40年ぐらいであり、明治、大正時代でも約42-43年で推移してきた。第二次世界大戦後、平均寿命は衛生面の改善、肺炎や結核に対する抗生物質の開発により飛躍的に延伸した。さらに、減塩や降圧治療の進歩、さらに最近では癌に対する治療の改善により、平均寿命がさらに延伸し、現在では男性で約81歳、女性で87歳となり、人生100年時代が、空想の世界ではなく現実のものとして考えられる程の超高齢社会を成就することに成功した(図1)。

   現在までの我が国の働き方(定年制度を含め)は、定年より平均寿命が短い時代に確立されたものであり、現行の国民皆保険制度も、現在とは人口構造も疾病構造も現在とは異なる1961年にスタートしたものであります。現在、小子超高齢社会となりこれらの制度を維持することが困難になり、働き方改革や保険制度の見直し議論が盛んになっています。また、国民の死因の変遷を見てみますと、第二次世界大戦前は、感染症が主体であり、その後、脳卒中が1950 年から1970年代後半まで死因の第一位を閉めておりましたが、その後は現在まで悪性腫瘍が死因の第一位であります(図2)。最近の20年から30年の傾向としては、国民の高齢化に伴い脳卒中を含む循環器病、老人性の肺炎、そして老衰が増加しているのが特徴であります。これらの3つの疾病は、健康寿命と平均寿命の乖離の大きな原因の大きな要因でもあり、患者本人だけでなく家族の生活の質を低下させ、社会全体の介護負担を増加させています。

 この様な急速な変化の中、医療の役割、医療の価値観も変化していきています。かつて、平均寿命が短く、早世を防ぐことは、医師にとって至上命題であり、社会全体にとっても救命は絶対善でありました。そのために、感染症に対する予防ワクチン、抗生物質を、脳卒中の最大リスクである高血圧の治療薬、がんの早期診断技術や、新規の治療法の開発に多くのエネルギーを費やし、完全ではないにせよ、かなりの成果を上げてきました。そして、現在の長寿社会の構築に大きく貢献してきました。しかし、その結果、健康長寿と平均寿命の間の乖離が男女とも10年以上存在する様になったわけであります。人は人間である以上、必ず死ななければいけません。必ず死なないといけないのなら、死に方を選ぶことができれば、あるいは、望む形での死を迎えることができれば、それは、人生にとって大きな幸福でしょう。そしてその最期までの時間を有意義に生きることが人生の最高の喜び、幸福であると考えます。

 この様に考えると、医学の目標は、望まない形での死を防ぎ、望む形での死を迎えられるように手助けすること、そして、自分らしく生きるトータルの時間を最大限に延長させられるように医学的に支援することかと思います。救命が至上命題であった時代の死は、ほぼ全て望む死ではなかった訳ですので、この考え方は、過去の医学の目標とも齟齬は生じていません。その為には、医学は、総合医療情報を駆使した疾病に対する予防技術、疾病に対する治癒目指す最高医療技術、疾病と共存しても高いQOLを求める技術あるいはシステム開発が必要と考える。もちろん医学・医療はこれら全てをターゲットにするが、病院における医療は、疾病の治癒を目指した最高技術の開発と実践に特化され、予防医学の技術開発は当然医学の範疇であるが、その実践は広く民間団体や社会全体に広がるべきでしょう。また、疾病を発症することなく生きられることが理想ですが、それはかなり難しいので、共存する形をサポートすることが必要ですが、これも、民間団体や社会全体で考える問題でしょう。

 幸い、我が国は、しばらくの間超高齢社会が続きます。この時間にこそ、人生の経験者が知恵を出し合い、次々世代の若い人が、本当に幸福な人生を享受できる社会の構築に向けて若者と一緒に汗を流すべきではないでしょうか?高齢者は、自分たちの福祉に対して要求するだけではなく、若者からも一目置かれるような広い視野を示す必要があり、また、若者も、広い視野を持って、目の前の幸福と利益を追求するだけでなく、自分たちの未来をもっと真摯に考えていただきたい。

出典

図1 http://www.garbagenews.net/archives/1940398.html

図2 https://financial-field.com/living/2017/10/06/entry-4900

 

 

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02. AIと医学・画像解析の究極へ 大阪大学データビリティー研究機構 新岡宏彦 特任准教授

 AIはすでに普遍的な技術として確立しつつあります。tensorflow™やneural network console™などのフレームワークやアプリケーションを使えば、実際はニューラルネットワークの根幹となるロジックはAIエンジニアでも書かずに済みます。それらの使い方はインターネット上にあふれていますし、パソコン一台手元にあれば始められる状況です。となれば後は使うかどうかの問題です。日本のお医者さんの卵である医学部生も例外ではなく、医学はデータをたくさん集めて曖昧な情報から判断を求められるケースが多々あります。AIの得意としている領域です。彼らが実際にAIに触れ、それらができることとできないことを肌感覚として知っていることは医療の自動化を後押しできると私たちは信じています。(AIメディカル研究会HPより)

 現在、人工知能を用いたバイオ・メディカルデータ解析に従事。また、実データで学ぶ人工知能講座(NEDO特別講座)にて社会人を対象とした人工知能教育に従事している。もともとバイオ・メディカルイメージング手法および機器の研究開発を行っていたこともあり、自分で開発した装置に人工知能を載せた商品を世に出したいと思っている。(ビブリオバトル紹介ページより)

参考

AIメディカル研究会HP(https://ai-medical.github.io/
ビブリオバトル:ブックコレクション ~ 教員 VS 学生【書評対決】~2019年10月の書評対決は、新岡宏彦先生が勝利しました!
(https://www.osaka-univ.coop/book/201910.html)

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03. 新型コロナ後の「幸福」を考える 川崎医科大学・循環器内科 上村史朗 教授http://www.kawasaki-m.ac.jp/cardiology/

 最新の報告によると、2020年10月1か月間の自殺者数は2153人にのぼり、前年同月と比較して約40%もの増加を示しています。新型コロナ感染症の社会的、経済的な影響が大きくなってきた2020年7月以降の増加が目立っており、特に比較的若い女性の自殺者が大幅に増えている点で大変注目されます。

 現在の日本における自殺の原因は多岐にわたりますが、人間関係(家庭問題、勤務問題、男女問題、学校問題など)が最も多く、ついで健康問題、経済問題が続きます。直近における自殺者数の著明な増加は、新型コロナ感染がこれらの要因を増幅する形で影響を及ぼしていると考えられますが、根底の問題としてモノづくりによる経済発展を目標としてきた現在日本社会が経験している核家族化や地域内でのつながりの希薄化による個人や集団レベルでの疎外感やストレスの増大、一方では身体的疾患や精神的ストレスに対応する医学・医療の進歩の不十分さがあり、このような状況に生活する個人に対して社会が効果的な対策をとれていないことにあると考えられます。さらに現状は「人口減少」と「人間関係の疎遠化」が新型コロナ感染対策として取られた「三蜜を避ける」意識と行動によって加速されています。

 新型コロナ後、あるいは現状からさらに大きく予測困難な形で変化していく30年後の日本人は「幸福」でいられるのでしょうか?大変むつかしい問題ですが、「幸福」の対極にある「自殺」をいかに少なくできるかを「中間的なアウトカムの指標」として考えることが、近未来の日本社会、日本人における「幸福」を達成するための手がかりになると思います。具体的な対策として、現在すでに我々が手にしているAIを含むデジタル技術は人間関係やコミュニケーションに関連する問題を解決する糸口になるとは考えますが、そのレベルは未熟です。また、医学、医療も進歩していますが、種々の疾患の克服には程遠く、失われた機能の回復、老化の解明と対応、精神活動の解明など未知の領域が残されています。一方、一定以上経済的に恵まれた状況では、個人が感じる「幸福度」は経済的要素とは関連しないことが知られてます。では、未来の日本における幸福度の向上は何によってもたらされるのか。経済的な豊かさの後に生まれる幸福度の上昇が「他人との差を意識できること」と強く関連するという研究もありますが、このような社会では「不幸を感じる人」が生まれることと背中合わせとなり、他の要素の解明と新たな要素の創造が求められます。このように非常に複雑で多様な問題に対応するのは容易ではありませんが、多くの分野の専門家が結集して、「将来の日本人の幸福」を考え、具体的な対応策を見つける包括的な取り組みを積み重ねることが重要と考えます。

 個人の「幸福」の尺度は多種多様でありますが、人が不幸せや疎外感を感じるときに手を差し伸べてくれる「誰か」あるいは「何か」が常にある社会が求められると思います。

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04.人口減で疎遠になる人間の幸福 大阪大学グローバルコラボレーションセンター・住村欣範 准教授https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I005911413-00

「2050年までに疎遠化する世界の幸福を支えるAIを核とした複合的技術システムを実現する」を新たな目標として想定し、「疎遠化しても幸福である社会」を検討すべき2050年の社会像として考えたい。日本社会においてすでに始まっていた「疎遠化」は、ポストコロナにおいてその意味と内実を変えながらドラスティックに進行し、また、人口減少の始まる2050年以降の世界全体においても、「疎遠化」は人間の生活基盤を考える上で必須のトレンドとなることが予想される。

 従来、特に近代の世界においてはネガティブなイメージでとらえられることの多かった「疎」(疎まばらであること)と「遠」(リモートな関係)について、その価値(幸福)を見直すための社会調査を実施する。並行して、社会が「疎遠化」を根本的な価値として受け入れた場合においても、人間が持続的に「幸福」であることを支える、AIを核とした技術システムについての研究を行っていきたいと考えてる。

関連論説:

 動物と人間/感染症と社会の過去と未来(https://www.ssi.osaka-u.ac.jp/activity/topics/sumimura/)

 ・新興再興感染症と食糧廃棄

 ・人間と動物

 ・新興再興感染症の時代とSociety 5.0

 ・ワンヘルス、ワンエコロジー

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05.食の機能性・バイオマスを利用した産業化 徳島大学大学院社会産業理工学研究部 中澤慶久 教授

 長年、食の機能性やバイオマスを利用した産業化研究に従事してきた。2020年4月からは徳島大学の教員に就任し、食と農業と地域のあり方について研究する社会科学分野へ転身した。地方における農業のあり方とバイオマスやアグリビジネスの産業化に取り組んでいる。

 文理融合の観点から自然科学系の実験を通じて、社会科学を実現することを目指している。特に農業という一見は周回遅れに見える産業であるが、心の面や価値観という点では、他の産業に劣ることのない社会的価値を創生している。都市と地方に住みこれらが複層的に融合してゆく社会のあり方に貢献したい。

 稲作文化により創生されたムラ社会の構造はグローバル化された現在の日本社会にも綿綿と継承されており、「心の豊かさと身体の豊かさを融合した社会作り」を実行したいと考える。

関連論説

 ブームから四半世紀、杜仲茶から意外な展開ー日立造船が続けたバイオ研究の開花近づく(東洋経済)  

  (https://toyokeizai.net/articles/-/66764

 ・ブームが去った後は植物樹脂素材として研究
 ・造船会社でトチュウ一筋に
 ・大学との共同研究でスピードアップ
 ・いよいよ事業化、共同研究で用途拡大

 NEDO実用化ドキュメント(https://www.nedo.go.jp/hyoukabu/articles/201904hz/index.html

 ・非可食性植物由来化学品製造プロセス技術開発(日立造船株式会社、大阪大学)

   国際的な特許を取得した独自の生産技術により新素材の製品化を達成

   INTRODUCTION 非石油由来原料のバイオポリマーにより地球温暖化問題解決に貢献
   BEGINNING 新素材開発の始まりは「健康茶事業」

   BREAKTHROUGH 産学連携の本格化により、研究が一気に加速 

   FOR THE FUTURE さまざまな用途にトチュウエラストマー®が使われ、黄土高原が緑で覆われる日を夢見て 

   FACE お茶から樹脂研究へ、杜仲一筋の人生を歩む

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06.人々に幸福をもたらす体制づくり 赤塚神社  眞田文博 (神職) (兼、大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学講座寄付講座・准教授)(赤塚神社 http://www.niigata-u.com/files/ngtphoto/030407d1.html、阪大医学部 http://www.cgt.med.osaka-u.ac.jp/cont/norm04_d_3.html

 人はどのような基準で幸福感を判断するのだろうか。厚生労働省より2014年に公表された「健康意識に関する調査」結果によると、幸福感を判断する際に重視した事項としては「健康状態」54.6%が最も多く、次いで「家計の状況(所得・消費)」47.2%、「家族関係」46.8%、「精神的ゆとり」、「友人関係」と続く。
 健康状態とその人の主観的幸福感には関連があり、健康状態がよい人は、相対的に幸福だと答える人の割合が高く、健康状態が悪い人は、自分は相対的に不幸せだと思う人が多い。その意味で医療の発展、医療体制の充実によりもたらされる健康長寿の延長は、今後も人々に幸福感を与え続けると思う。一方で「家族関係・友人関係」からは、社会的孤立と幸福感という点で、人は繋がっている・必要とされていると感じると、その人の主観的な幸福感は高まることが分かる。健康状態がいくら良くても人とのつながりが薄いと幸せを感じにくく、心理的な孤立(自殺)につながる。
 歴史的には宗教によって「人と比べない幸せ」が得られたりしてきたと思う。しかし宗教意識の薄れ、人口減少が続く日本にあっては、今後様々な背景を持つ若者から高齢者にまで、限られた人口の中から幸福感をもたらす必要が出てくる。AIやVR的なコミュニケーション技術によって人と人を介在し、日常的な幸福感をもたらす必要性が出てくるが、人がどの程度介在すると幸福感が得られやすいのか等、個人の主観が大きく影響する領域なだけに多くの人による議論が必要になってくると思われる。
 COVID-19の流行により、マンパワーに頼る医療体制と当たり前だった日常のコミュニケーションは崩れかけている。人的能力拡張により「幸福」をもたらす技術が求められている。私は代々神職を生業とする家系に生まれ、一方で現在は医師として働いている。本WEBシンポジウムを通じて幸福について議論がなされ、あらためて人に「幸福感」をもたらす医療体制、AI技術体制等の必要性・可能性を感じた。神職としてまた、医師としての専門知識・経験を活かし、「国民の幸福」に寄与できたら幸いである。

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07. 工学と医学はどこが違うか・発展の方向を探る 奈良県立医科大学・循環器内科 尾上健児 講師

 

 工学とは「(人に)役に立つ生産物を得るために、計画・設計・製造・検査の段階に基礎的科学を応用する技術の総称」と定義される。科学的法則性に基づき、数式や設計図を用いて我々の暮らしに役立つ成果物を製作する。設計図さえあれば製品は完成し、そこには確実性が求められ、意志や個性はなく、機械的である。石包丁が鉄製のナイフとなり、農耕牛や人力車がトラクターや自動車となり、蝋燭がLED照明となり、ある程度の思考力さえコンピューターが取って変わろうとしている。工学的な技術革新が我々人類の暮らしを便利に、豊かにし、奴隷的労働は不要となり、多くの人々が科学技術の作った便利な世界の幸福を享受できる世の中になった。

 一方、医学とは「生体に関する諸現象を探究し病気の治療・予防について研究する学問」と定義される。生命反応を薬物や放射線などを使用して制御し、健康増進を通じた人類の幸福に貢献する。発生・成長・健康維持など生命活動のコントロールは、例えば抗癌剤が細胞増殖を抑制し、降圧薬が血管弛緩を通じて血圧を降下させるなど、大まかな作用の方向性こそ予測・制御可能だが、その反応性を計算する数式はなく、制御の正確性は工学技術と比べものにならないほど劣る。人生そのものもシナリオ(設計図)通りには進めない。不確実性の高いこの生命活動を大きく左右するものは、心の動きであり、意志である。これらは数式で簡単に解けるほど単純ではなく、自らの身体活動でさえ時に制御不能であるのに、多くの人間が関与する社会活動に至っては不確実性は極めて大きい。

 生命体である我々人類にとって、工学技術は確実に制御可能であるのに対し、我々そのものを学問する医学技術の制御については不確実と言わざるを得ない。この確実性の違い、“明確さ”と“曖昧さ”こそが工学と医学の違いではないかと考える。

では、これらをどのように制御することが我々にとって良いことなのか?曖昧さ全てを明確にすることが必ずしも良いことだとは思えない。しかし、現時点での生命の曖昧さはもう少し解明されても良いのではないだろうか。例えば生命体の設計図であるDNA、生命体を構成するタンパク質をデザインする遺伝子の翻訳領域は、DNAのわずか1%程度に過ぎず、残り99%は遺伝子発現制御などに関わる部分があることはわかってきてはいるが、まだまだ不明な部分が多く残されている。この部分の曖昧さはもう少し解明されて良い。

 体内物質の正確な定量、超音波や放射線を用いた生命活動の評価、生体適合性の高い素材を用いた体内人工物の使用など、科学技術の医学適用はめざましい。流動的とも言える医学的不確実性を、工業技術の粋を集めて断面的とは言え、評価する方法は確立してきた。次なる課題は生命情報の宝庫とも言えるDNAを科学技術を駆使して解析し、不確実性は残るとしてもDNA情報と生命活動の関連を見い出し、生命活動を良い方向に制御すること、すなわち健康を得ることが我々の幸福につながると考える。さらには、生命活動を大きく左右する“心”の解析、“元気・やる気”、“病気(病は気から)”などの言葉に見られる“気”の数値化も、健康維持に貢献するものと考える。

 筆者自身は大学で科学技術を学び、社会に貢献したいとの思いで医療機器開発・製造も行う企業に就職した。高齢化社会を迎える我が国にとって、医療を支える技術が重要であると考え、医療の世界に関わりたかったからである。しかしながら、機器メーカーはあくまで機器の正確な制御に徹し、医療や生命の不確実性を制御しようとするものではなかった。生命の不確実性、言い換えるならば“生命の謎”を探り、人類の健康・幸福に貢献したいと考え、医学の世界に身を転じた。科学技術を生命現象の解明・制御に活かすことが人類の幸福に貢献すると信じ、この道を探究していきたい。

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2050年の健康と – AI技術について GE Healthcare Japan 研究開発部長 植竹望

 

社会予測+AI/ロボット技術の必要性:

 国立社会保障・人口問題研究所発表の2050年における日本の人口ピラミッド予測*1に加え、厚生労働省発表の医師数および偏在予測*2*3(ただし、予測値は2030-2040年付近)から、国民の健康は“医療”でなく食生活を含めた生活習慣を視野に入れた、超早期診断・(DNA情報およびウェアラブル・デバイス使用/生活風景の撮影や摂取食料品定量による生活環境/習慣をデータとして分析する)常時診断を取り入れた“健康産業/福禄寿社会の実現”として解決すべき分野であると共に、人工知能技術による、遠隔診断/治療環境整備による医療の質の均てん化、健康産業・コスト最適化のための準備は、今日現在、存続可能な将来の日本社会・経済を考える上でも早急に解決案を検討開始すべき重要課題であると考える。情報技術を駆使した日本国民の真の幸福実現の解決手法はAI技術にとどまらず、今日現在、医療分野において特に外科/救急科/精神科で医籍登録後年数の浅い離職者が多い課題に加え、今年多くの国で経験したCOVID-19感染症拡大防止行動のnew normal/新しい生活様式や、介護領域でのロボット技術の親和性確認の学びからもAR/VR技術を考慮に入れAIを搭載したロボット/アバターがヒトの代わりにヒトの幸せをもたらすことも充分視野に入れて日本国民が真に幸せになれるための課題特定を広く検討すべきとも考える。本仮設は経済産業省発表の“ものづくり白書”*4で触れられている不確実性の時代における我が国製造業の在り方やものづくり白書におけるメッセージにも類似性を確認する事が出来る。

AI技術:

 現在のAIブームは第3次と認識されているが、ガートナー社発表のハイプ・サイクル*5から判断して、一般的なAI技術に対する過剰な期待は冷め、AI技術の個別技術課題について、期待/ピーク期や幻滅期が語られており、いずれに技術も10年以内には日常生活に適用されるとの認識を得ている。

現に、今日現在AI技術の課題とされている、1) 質の良い充分数の教師データの確保/医師のアノテーション・コスト 2) 深層学習技術が原理的に抱えるブラックボックス 3) 使用現場で動的に精度変化するAI  においても、データの精査、構造化されたデータを入力とする手法に加え、教師無しAIモデルの適用、ヒートマップや追加情報提供によるホワイトボックス化、可変範囲の予測を含めた動的AI精度管理など様々な理工学的手法を用いて解決案が研究・提唱されている事から、これら課題は理工学の発展により2050年には解消し、今日現在のAI技術を礎とした発展的なAI技術(デジタル・ツイン含む)がヒトの生活効率化/ヒトの理解を超えた健康・最適化が国民に幸福をもたらす健康産業確立/発展のためのヒントとなる可能性は視野に入れるべきであると考える。

参考:

1/ 国立社会保障・人口問題研究所, http://www.ipss.go.jp/site-ad/TopPageData/PopPyramid2017_J.html

2/ 医療従事者の需給に関する検討会, https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-isei_315093.html

3/ 医療従事者の需給に関する検討会医師需給分科会医師需給分科会第4次中間取りまとめ第4次中間取りまとめ, https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000209692_00001.html

4/ ものづくり白書 (経済産業省, 不確実性の時代における製造業の企業変革力 - summary: AI/デジタルトランスフォーメーション(特に教育・医療)、ニーズ特化型サービスの提供、人材確保の重要性), https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2020/honbun_html/honbun/100000.html

5/ ガートナー社発表のハイプ・サイクル, https://www.gartner.com/jp/newsroom/press-releases/pr-20200819

 

 

 

 

 

 

 

 

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08. ポジティブ発想に基づく、社会にインクルードされた保険の在り方 三井住友海上火災保険(株) 島 良一 課長

 保険は時代の変遷とともに変化を遂げてきた。海難事故に対応して損害保険が始まり、モータリゼーションの中で自動車保険が普及してきたように、保険は社会を支えるインフラとして環境変化に対応してきた。また、保険は商品単独で存在するのではなく、事故の未然予防・事故発生時の被害極小化・事故再発防止といった所謂リスクマネジメント対応の一環として保険商品は開発・普及してきた。
AIをはじめとする更なる科学技術の発展とともに産業・経済・社会が今後さらに急激且つ大きく変化が生じる世界においても、保険の役割は上記がベースとなることで変化はないと考える。しかしながら、急激且つ大きく変化が生じる社会になる分、人々は不安・不安定が増幅される傾向にあり、保険に求められる視点は変わってくる。
 従前の視点は「事故があったら補償をする」というネガティブな発想がベースになっているが、今後求められる視点は「保険があるので、変化が大きく・激しいなかでも前向き・積極的に取り組むことができる」というポジティブな発想がベースとなる必要がある。より一層不透明で不安定な状況下において、ポジティブ発想の視点から保険が社会・地域・経済・企業・個人の課題解決やサクセスストリーに貢献できるようになることが重要であると認識しており、本事業のなかで各分野の専門家の先生方と議論するなかで、新たな視点での保険の役割について考え、安心・安全な未来社会に貢献したい。


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09. AIと未来の医療 大阪大学・大学院工学系研究科 三宅 淳 特任教授

 私達の将来は過去の延長ではない。コロナ禍だけでなく、高齢少子化、地球温暖化、大量の難民、政治体制の対立など、いわゆる近代社会が進めてきた社会のあり方が大きく揺らいでいる。端的に言えば、産業革命によって定式化された「モノを作る経済」の体制が限界に来た感がある。

 今日まで、日本人の多くは、未来は科学技術の進歩によって、自動的に発展し与えられると信じてきた。しかし、産業革命から始まる科学技術は環境・国際関係・経済的限界によって型の終焉を迎え、近未来といえども別の型の文明・技術・経済によって支配される可能性を受け入れざる得ない。すでに先進国では経済は製造業からサービス産業・所得収支へ移行しつつあり、工業は主役ではなくなっている。2050年までには、産業経済の構造変化はますます加速しよう。我々の経済や活動、人生はどのように変わるのか、根源的な理解が必要である。

 政府の役割も変わり、経済構造も様変わりしたときに、医療はどのような役割を担い誰が経済的に支えるのか。現在の保健や厚生の構造は物作り産業の発展と人口増大が続く前提で作られた。今後維持できないのは自明である。

 すでに現時点でさえ日本の医療は、世界競争力に難があると言わざるを得ない。また日本の産業経済全体が新時代に即応でききれず疲労しつつある。コロナウイルス禍によりそのことを痛切に思い知らされた。石油ではなく、情報技術が基幹となる経済、国際関係、日本の位置を十分理解した上で、現状の単なる敷衍ではない医療のあり方や経済を予測することは必須であろう。

 医療は無限のサービスではないことを、近未来の人間がいかにして納得するか。AIなどの新技術は難病を治癒可能な普通の疾患に変えることができるか、その範囲はいかがか。健康は商品として流通するか、それはサービス産業の基幹になりうるか。その世界を描き出すのが当該研究の目的である。そして、そこから実現可能領域を抽出して実際の研究に移行させる。

 本誌誌上シンポジウムに於いて、医療の専門家だけでない、様々な分野のバックグラウンドを持つメンバーが、その知的能力を駆使して、議論を重ね、社会の変容、未来の文明の型、そして医療の未来を見出す議論が進むことを期待している。

関連論説

 AIは未来に何を贈るか(https://www.miyakelab.com/post/what_ai_give_us
 ・産業革命がもたらした近代は終わりつつある
 ・次の時代は情報とAIの時代か
 ・時代の変化が医療へ与える影響は大きい
 ・AIはやはり医療技術の最大のツールとなるだろう