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  • Jun Miyake

   AIと社会と人の未来

はじめに

AI技術を考えるとき、人間の暮らしにどのような影響があるか、思いを深くせざるを得ない。しかし、この予測は簡単ではない。未来の産業も科学も異なった基盤の上に立っているからだ。私達の将来は過去の延長ではない。


 最近10年余の問題を見ても、コロナ禍だけでなく、高齢少子化、地球温暖化、大量の難民、医療や社会保障など、いわゆる近代社会が進めてきた社会のあり方が大きく揺らいでいる。それぞれの問題は独立しているのではなく、近代の体制が本質的に有していたシステムの問題が露呈してきたのであろう。近代は産業革命によって定式化された「モノを作る経済」に支えられてきたので、世界レベルでモノ作り産業と経済が変容すれば、部分的な改変では間に合わない事態となる。


 私達は、科学技術の進歩によって、未来は自動的に発展し与えられると信じてきた。しかし、産業革命から始まる科学技術は環境・国際関係・経済的限界によって型の終焉を迎え、近未来は別の型の文明・技術・経済によって支配される可能性を受け入れざるを得ない。我々の未来がモノ作りを脱するというと、経済的な価値は何にリンクするのか、信じ難い感がある。しかし、貨幣はすでにモノ(金)から脱している。経済活動でも、投資は企業の活動への直接的な支援だけでなく、異なった役割を担う可能性が高い。


 すでに日本でも経済は製造業からサービス産業・所得収支へ移行しつつあり、工業が今後も産業の中心とは言いにくい状態だ。近未来である2050年までには、産業経済の構造変化はますます加速しよう。我々の経済や活動、人生はどのように変わるのか、変化をもたらしているものの根源的な理解が必要である。


 近代科学およびそれを基にした現代産業の方法が一変する事態が出現した。人工知能(AI)が実用の域に達したからである。2016年3月に、碁の世界的なレベルの名人が人工知能のプログラムに負けたことは記憶にあたらしい。日本でも人工知能を用いたソリューションビジネスはすでに銀行や小売業など幅広い業種に提供されており、今後は自動車の自動運転から医療やアート・デザインまで生活のあらゆるところへ拡大する見込みだ。

 人工知能の代表はディープ・ラーニング(深層学習)と呼ばれる、碁で名人を負かした技術である。人間の脳神経の働きをヒントにしたプログラムであるが、単なる模倣ではない。大量のデータを超高速で学習するために、特定の問題を解く場合は人間よりはるかに早い、あるいは深い判断を行なうことができる。

 ディープ・ラーニングの元となる研究はおおむね1980年頃から各国で進められてきた。1つの発見から発展したのではなく、多くの研究の集積である。日本の研究者の貢献も大きい。長らく基礎研究の域を出なかったが、2010年台に入って技術として実用化に至ったのは、その辺りからコンピューターが格段に進歩したことによる。計算速度の飛躍的向上はスーパーコンピューターの進歩にもよるが、3Dアニメなど画像処理技術の向上と関係があり、画像処理プロセッサー(Graphic Processing Unit)の貢献も大きい。

 ディープ・ラーニングは人格を持った人のような知能ではない。あくまでも計算方法(プログラム)であって、使う目的によってさまざまな能力を発揮する。対象となるのは主としてビッグデータである。この方法を用いると、文字・画像・事象などのデータを対象とした場合、要素に分解するだけでなくそのデータから「特徴」を抽出することができる。この特徴をもとに、入力された文章や画像などをジャンル分けすることが可能である。たとえば、新聞には多くの記事が載っているが、それらを経済、法律、事件などなどに分類することができる。写真ならば、状況、人間関係、八百屋が果物を並べているなど、その写真の特徴から写真の意味が理解される。後者はネットの検索サイトですでに実用化されており、相似形でなくとも状況(意味の)類似した写真を見つけ出すことに使われる。

 ジャンル分けは正に知能の所産である。ものごとの意味をコンピューターが理解することに等しい。長らく人間はものを分類することは人間にしかできないと思っていた。分類という哲学の第一歩が機械でもできることになったのであるから衝撃である。AIは思想的な驚きにとどまらなかった。科学や産業が大きな影響を受けることになって、人間の生活の形も変わることになるのである。以下概説したい。



▲人工知能は科学革命である


 中世以来、ヨーロッパでは1つの原理を見つけて多数の事例の説明に広げることが自然理解の方法として発展してきた。この科学の方法が確立されたのがルネサンス以降の時期であり、物理学者であったガリレオ・ガリレイやニュートン、そして数学者であり哲学者であったルネ・デカルトが科学の方法を確定したといえる。われわれの研究や教育の方法もこれ以降大きくは変わっていない。特に大学の理系の学部で必須とされる数学は、これ以降進歩したものだ。力学、熱力学などの基本的な科学も同じく発達してきたものである。産業革命は科学の方法が産業に展開されたものと見ることもできる。科学革命とともに進展してきた。

 自然科学は簡素であることが求められ、多様な現象も普遍的な原理に従うとして整理されてきた。ところが、現実の世界では、天気のように誰でも知っているある程度の繰り返しがあっても数学的に厳密ではないものも多い。また、対象が複雑系、特に人間や生物とおよびその集合である社会なると、限られた数の原理だけで完全に説明できるとは限らない。

 人工知能の一つであるディープ・ラーニングはいわゆる「科学」と異なる。繰り返し生じていることを何千回も学習し、応用可能な云わば「ルール」として表現するものだ。生物が学習するのと同様に習い覚えていく。人間や生物が関わることを対象とする時に力を発揮する。十分な質と量の事例があれば、経済を含む社会的な事象の予測なども可能になる可能性がある。



▲第4次の産業革命を招来する(AIの近未来の予想図、AIの可能性)

 販売予測、嗜好の予測、生産工程管理、原料価格、株価、貯蓄性向、特許審査、法律判断、教育、トレーニング、政治的遷移、軍事バランス、などなど。さらに加えて自動車の自動運転は目下のAI技術の大焦点である。碁や将棋は言うに及ばない。

 医学はもっとも影響の大きな分野となろう。人工知能の得意分野はQuasi−Periodical(準周期性)な現象の理解と応用である。医学のデータはビッグデータの最たるものであり、厳密ではないが規則性に満ちている。診断技術や生物的現象の理解を深化させることにより、医療に大きな貢献をするのみならず、医療産業化の軸となる可能性がある。


人間が行なうことが当たり前であったことのある部分が、人工知能の担当に変わるのである。前述のように数十年来コンピューターが人間に対抗することが難しいとされた碁において、すでに人工知能は人間の最高峰を凌ぐ。安全で最適なドライバーは人工知能となろう。AI名医が現れ、必ず法定で勝利するAI弁護士が現れるかもしれない。

もちろん人間にしかできないこともある。感情は人間的なものだ。愛も友情も機械には存在しない。AIからすれば不完全な機能を持つゆえに、人間は人間的でもある。今のところ、そして今後長く、人工知能は身体的には人間になれないのではないかと思えば少し安心できるが。


 モノの生産を続けることに限界があることは明らかであろう。一方価値をモノから情報に転じた経済活動が始まっており、今後重要な位置を占めると考えられる。ソフトウエアの生産は始まりに過ぎず、人間の活動の全てに亘って情報技術が関わり、統合され、より大きなまとまりとしてシステム化されて行く。システムの中で情報を扱い判断をするのは人工知能である。かかる産業・経済の大きな流れはすでに実体化しつつある。


 個人の生活の立場で考えてみよう。次の時代における「価値」は、我々の定式的な労働の産物ではなく、モノであれ情報であれ「創造されたもの」となると考えられる。モノの時代においては、鍋釜家電などでもモノの価値が生活の隅々まで影響を与えたが、次の時代ではファッションデザインなど、生活や生き方に影響を与える思想、生活の方法や自然との調和などが重要になる。モノそのものから離れて、人の考え方、心理、行動様式に影響を与える知的生産品(高い知価を持つもの)が満ち溢れてくる。AIがデザインも生産も手助けすることができるから、変化の速度は早くなる。いずれ普遍的かつ波及力の大きい知価が現れて広く定着するだろう。それが時代特有ものとなり、経済と人間の行動の規範となるシステムが生まれると考えられる。


 総じて、次の時代は、モノから離れ、人間の心理レベルの価値が主流になる。堺屋太一が「知価革命」で述べたように、モノ・物理量・計測で表される定量性の時代が終わると、心の充実が尺度となる時代となる。宗教的あるいはルネサンス・産業革命以前への回帰がおこる様にも見える。


 ところが、すでに始まっている産業技術だけでなく、次の時代においては、アート=心理に働きかける方法即ち、映像、音、文章などが重要になるが、すべてデジタルであることがこれまでと異なる。デジタルならば、AIが活躍できる。人の思考に深く関わることができる。AIは人工知能と言う通り、人間の知的能力の一部を共有することができる。かつて人間が肉体的な力の代替として機械装置を発明して用いたが、今度は知能の代替が進むことになった。変化は、社会の基幹産業から個人の生活に至るまで、切れ目なく広がり、時代は明らかに質的に代わっていくと考えられる。


 勿論問題もある、いくらAI全盛となろうとも、誰でもAIが使いこなせるわけではない。創造的な活動を担う知的なヒトは優位に立つ。物作り経済の時代の平等性は失われるが、次の時代の平等とはどのようなものであるのか、まだ見えないというところであろう。



▲AIの近未来の予想図

現状のAI技術と同じ手法のみでは限界に達すると予想される。仕事の自動化には高額のコストが必要となり、おそらく予想よりゆっくり進むのではないかと考えられる。また、AIをより発展させるためには、優れた新たなアルゴリズムと膨大な計算能力、データ蓄積能力、情報転送能力の獲得が不可欠である。特に計算能力は重要な要素となる。そのような環境が整えば、現状以上に様々な分野への適用が実現できるであろう。

AIの得意なこと

  数値化されてることを推論する、厳格なルールにおける判定。

  人間がやると大量の作業が必要なものAIで有れば迅速に処理できる。

  画像、音声、映像、言語などの解析

AIの不得意なこと

  少ないデータで推論する。文脈などの意図を理解する。

  合理的でない判断を下す。

  クリエーティブな作業、ゼロの状態から新しいものを生み出す創造的なこと


さらに今後はAIとロボットの融合開発進むと考えられ、その結果多くの職業がAI+ロボットに代替えされていく。

AI+ロボットに代替えされそうな職業

 代替え可能性が高い === 一般事務員、レジ係、警備員、タクシー運転手、建設作業員、スーパー店員、銀行窓口係、受付係、ホテル客室係、路線バス運転手

 代替え可能性が低い === 医師、学校教員、研究者、経営コンサルタント、観光バスガイド、美容師、グラフィックデザイナー、エコノミスト、俳優、評論家


以上の分野で先行してAIとロボットの融合が確実に進むものと考えられる。



▲世の中の諸課題に対してAIはどう関わるのか

   (△エネルギー、食料問題を中心に)

 産業革命以来、「作られたモノ」が価値の中心になってきた。いわゆる製品である。近代産業はすべからく、製品製造と販売にかかわる。ものを作るにはエネルギーが必要である。出来上がった製品を使うにもエネルギーが必要だ。エネルギー供給と経済活動には一定のバランスがあるべきであった。しかし経済活動が優先的になり、「ない」エネルギーまで求められるようになった。

 地下資源は掘れば掘るだけ供給を増やせるので都合が良かったが、それでも足りなくなって原子力、再生可能エネルギーとあの手この手である。残念ながら、地球環境のためには、省エネ、どのエネルギーも制限されるべきと考える。石油が地球環境に与える二酸化炭素問題は最大の問題である。原子力発電にはリスクが付きまとう。再生可能エネルギーには原理的な限界があり、実用になるかどうかまだわからない。

 この状況に対して、人工知能は大変革をもたらす可能性がある。エネルギー開発ではない。社会を変えるからだ。高度な知性が支配的になる社会では、人は内省的に生きるのではないか。快適な環境中で宗教的・哲学的に生きることに、より大きな価値が発生するからだ。

あるいは、自動車をぶっ飛ばして自分探しをするより、リアリティー満載のゲームの方が時間つぶしに人気が出ることを想像してもよい。人間と相対するように考えて話ができるから娯楽も充実する。

 省エネの影響は大きく、エネルギー問題に本質的な変化をもたらす。AIによりエネルギー資源を精密に管理できるようになるから、ロスは少なくなる。効率の高いエネルギーシステムを運営できる。生産管理は大いに有望な分野だ。エネルギー問題は一息つける。


 FAO(国際連合食糧農業機関)の報告書によると、世界では食料生産量の3分の1に当たる約13億トンの食料が毎年廃棄されているにもかかわらず、飢餓で悲惨な状況になっている国が多数ある。人工知能が発達すれば、効率的に無駄のない消費が可能となり、食料を有効に使用できる可能性があるのではと考えられる。



▲産業構造の変化と雇用(経済活動、社会システム)


 産業構造は大変革を遂げる。正に人工知能社会が出現し、モノ作り産業が一定割合まで縮退していくことになる。かつてモノ作りで礎を築いたIBMはいまやAIを使ったソリューションビジネスに様変わりした代表格だ。この人工知能社会は両刃の剣である。いや、影響は甚大だ。高給を払わずとも弁護士が雇えることになる。工場の管理者が、タクシーの運転手が、司法書士が、ライターが、要らなくなる可能性を否定出来ない。

 思い起こしていただきたい。現代社会において多数の労働者が必要であったのは、産業革命のためであった。ものを作るには手だけでなく一定レベルの頭脳が必要だった。生産ラインをロボット化しても、管理や運転のために相当数の労働者が必要なのは知的な質を伴わない労働は無かったからである。頭脳も機械が提供するとなったら、ある程度知的と思われていた職業も大きく変化するであろう。

 人工知能が導入される先進国ではこのように産業構造が変わり特定分野で人が余る可能性がある。それが発展途上国にも影響し、世界全体で経済の形が変わって雇用も大きく影響を受けるかもしれない。それはすなわち大不況時代の到来となるだろうか。産業革命の初期にも多くの問題があった。19世紀初頭の英国の「打ち壊し運動」は、機械の導入による失業問題から発した。

 今回はどうなるであろうか。悲劇になるとは限らない。労働生産性が高くなって労働時間が短くてもよい時代が来るかもしれない。これまでの産業革命的方法において調整が難しかった富と環境について、旺盛な知的判断を盛り込んだ環境調和型の社会が作られる可能性もある。地球環境に調和した人口、生活のあり方を技術的にも実現し、生産性の高い、労働時間の短い、人々が健康に暮らせる世界を作ることも可能と信じる。

 豊かな社会は労働力の多さにではなく「知能」の充実にあることを、どの国家・社会も認識していくならば、新たな社会の出現に繋がっていくかもしれない。それが第四次産業革命と呼ばれるものになる可能性もある。


AIによって定型的な仕事は代替され、人間にはより創造的な仕事が求められるようになる。そのためには、人間とAIの違いをしっかり認識する必要がある。AIは、自分で疑問や問題意識をもって、問いかけをしていくということはできない。いつかはそうしたことができるようになるかもしれませんが、いまのところAIは人間から与えられた課題をこなすだけである。だから、この疑問をもって問いかけるというところに人間の可能性があるのではないだろうか。


18世紀のイギリスで作られた労働法は、欧米諸国や日本にも普及していった労働法は、指揮監督下のもとに働くという状況を想定して成立した。ところが、デジタライゼーションやAIによって、個人が自律的に働くようになることで、これまでの労働者像が根本的に変わろうとしている。だから、その変化に応じて、労働法も変化していく必要がある。働く人をサポートする新しいルールが生まれるだろう。労働者と雇用主の関係は、時代とともに変化してくる。



▲人工知能とロボット、センサー、デバイス


 現在、各種ロボットの開発が盛んに行われており、近い将来、長い時間自立して移動できるようになるであろう。その際、当然のことであるが人工知能が搭載され様々な動作が出来るようになり、人間が行っている労働を代替えしてこなすようになる。

 その際、多くのセンサーやデバイスから入手できるデータをAIによって学習することで、人がロボットに指示を出すことがなくとも、ロボット側から情報を教えてくれるようになる。将来的にはデータによって常に最適な状態にロボット側が動くようになり、人が作業を指示することがほとんどなくなる日が来ることも予想できる。


 このようにAIの進歩と平行してロボットも進化していくだろう。しかし、AIが判断したことを実世界で実現させるのは容易ではなく、当面は情報分野に特化して進むのではないだろうか。更なるロボット、センサー、デバイスの発展も重要な要素となるだろう。


 今から30年後の世界がどうなるかの前に10年後のライフスタイルやビジネススタイルはロボットや人工知能によってどう変化しているのかも考察してみたい。恐らく家庭内においては家電IoTが当たり前の世界になっており、さらにその家電IoTの中心にいるのはPepperのようなロボットだと予想している。


 エアコン、洗濯機、テレビ、電子レンジなどの各種家電が喋る機能、考える機能は必要ないと考えている。これらの家電がネットワークでロボットとつながり、さらにその先のクラウド上の人工知能とつながってさまざまな機能を実現する。家族が話しかけるのはロボットだけでいい。家電の状況を応えるのはロボットということにになる。家電がしゃべる必要はないと考えられる。

 洗濯機や電子レンジがどういう状態になっているのか、エアコンの温度設定をどうしたいのか、そんな機械とのコミュニケーションは全てロボットが仲介する。家族とロボットのコミュニケーションによって、家庭内の全ての家電が動作する。そんなライフスタイルが10年以内には実現することだろう。


 人類は過去において多くの便利な道具を作り、使い方を学び、改良し、そしてそれによって生活を豊かにしてきた。


 ロボットや人工知能の進化は現在の人間が行っている多くの仕事を奪ってしまうかもしれないという説も多く聞かれる。

 しかし、それは遅かれ早かれいずれ来ることであり、それに向けて準備をしておけばいいだけのことである。またその時代時代において新たなビジネスも生まれて来る。モバイルクラウドやロボット、人工知能が人類の生活をより豊かにする新たな仕事を生み出してくれるはずである。そうなるように努めなくてはならない。



▲医療技術と医療システム


<時代の変化が医療へ与える影響は大きい>

 日本だけではないが、産業経済全体が新時代に適合しようとして変貌しつつある。我々はコロナウイルス禍によって、変化の必要なことを痛切に思い知らされた。石油や鉄ではなく、情報技術が基幹となる経済・国際関係、各国の相関を十分理解した上で、現状の単なる敷衍ではない医療・社会福祉のあり方を考えることは必須であろう。


 現在の保健や社会保障の構造は19世紀の半ばに、物作り産業の発展と人口増大が続く前提で作られた。少子高齢化によって人口も減り社会構造も変化していく中で、今後はこれまでの医療・社会保健の体制を維持できないのは自明である。政府の役割も変わり、経済構造も様変わりしたときに、誰が経済的に支えるのか、果たして国家は大きな政府を続けることが可能なのか。


 保健や医療は変化するものの代表である。これが無限に続くサービスではないことを、近未来の人間がいかにして納得するか。AIなどの新技術は難病を治癒可能な普通の疾患に変えることができるか、その範囲はいかがか。健康は商品として流通するか、サービス産業の基幹になりうるだろうか。未だ結論の出ていない問題である。我々は賢明な選択をしなければならない。


 次世代の社会では、全ての国民が自分の自由な時間を最大限に使おうとする、言い換えると、時間を操り、自らの欲するところを実行できる人生を過こすことが幸福の一つであり、より多くの国民が充実した人生を全うできる社会へと変貌していることが命題である。その最大の要因として、健康長寿を延伸する医療技術を確立することが挙けられる。さらに、無駄な時間を最小化し、かつ、社会経済活動を維持・効率化する技術を獲得すること、そして、本来人間が持っている人間性を高めることが求められる。健康医療か幸福の基礎であり、未来社会の重要部分を担うことになる故、健康を維持するシステム自体を経済的にも重要な産業に育てることが必要となる。


医療システム・医療技術の革新か必要と考える。産業技術や国際関係の変化は生活の質と経済に影響し、日本の未来を大きく揺さぶる。AIはそれら変化を最小にし、人間本来の生活や健康などを保持するための重要技術となるであろう。


 問題の直接的な表れは「人口減少」とそれに伴う「疎遠化」である。すでにドラスティックに進行しつつある。コロナ禍によって始まったかに見える「疎遠化」は本質かつ不可逆のトレンドとなると予想される。

 行政的な問題は本稿の範囲を超えるので他に譲りたいが、AIの本質や想定される役割について、以下に議論を進めたいと考える。


<AIは医療技術の最大のツールとなるだろう>

AI時代において最も顕著な変化が想定されるのは医療である。レントゲンによる可視化、ジェンナー以来の免疫の応用、抗生物質が拓いた微生物との戦いの如く、医学の体系の中に大きな位置を占めるものとなるだろう。本節では科学の方法(哲学)のレベルで簡単にまとめる。


 なにゆえ医学との結びつきが大きくなるか、画像判定のニーズに応えられるだけではない。医療は科学だけの世界ではない。哲学的な世界でもある。人間・生命の存在様式は「複雑系」である。それを扱う医療も複雑系であるべきだが、これまで科学の領域とされてきたことに、今後の発展の限界につながるものがあるだろう。医療が、複雑系の処理が得意なAIを利用して発展し、薬の開発から治療までを新たな体系に移行させることができれば、新しい医療が出現しよう。


 高度な情報社会の中で医療の意味合いが新しいものとなる。例えば、あらゆるイメージングが可能な、統合化された超精密計測技術と、分子機構から疾患の様態の解析、そして患者の心理までも推し量るAI技術などが技術の基幹を成すようになろう。その体系が、近未来の産業社会にも大きな影響を与えると考えられる。


2020年のコロナ問題は、AIを用いた遠隔医療が不可避の課題であることを示した。遠隔医療は、直接の診察に及はないところがある。しかし、それまで医療を受けられなかった人に医療を届けることになり、トータルで健康向上か期待できる。勿論、AI によってレントゲンや CT機器の飛躍的高度化か実現するだろう。そして、健康保険・診療システムの変容も必至であろう。細分化に基つく現状の医療技術をそのまま深めていては経済的にも破綻は免れないであろう。医療装置を例に取れは、cm単位の解析からミクロン単位への変化か起こる。この能力を如何に活かすかが焦点である。さらに、ゲノムなどの特性記述・疾患の分類技術に、大きな変化が生じると考えなければならない。人工知能が、医師の認識の一定部分までを置き換えることができるだろう。想定する医療の発展は、産業の一分野に限定されるものではない。2050年には、社会の価値軸が、健康に置かれるであろうと予想している。科学技術の数的な側面だけでなく、人間としての幸福にどのように資するかに注目する。その軸に沿って、どのような技術が出現するかについて、総合的に検討するものである。


▲人工知能社会で豊かな未来にするには


 今、世界をすこし見渡してみると、あえて悲観的に言うならば、もう人間はボロボロで、精神的にも肉体的に危うい。世の中は便利になっているはずでも、幸せや、生きる意味を見出しにくい世の中という側面はむしろ膨れ上がっているようにも思える。便利と幸せは比例しないのでしょうか。紛争も自殺も過労死もなくなりません。

疲れ果てた人間、そして自然、風化した社会の仕組み、封建的なルール。それらを変える鍵がもしAIにあるならば、それは革命です。労働やお金から解放された人生。テクノロジーの進化が全てを幸せにはできないでしょうが、負のスパイラルの歯止めになってくれる可能性は多分に秘めており、そこからの新しい世界が始まるチャンスはありえます。テクノロジーの進化とは、ヒトの歴史の分岐点でもあります。


 我々が持っている社会矛盾は古代より存在した普遍的なものに見えるが、産業革命以降に特に肥大したとも言える。人工知能は問題の解決のための道具としても期待できる。人間の存在を肯定し、豊かな生活を実現することに向けられる知恵が確実に増加するはずだ。政治も変わり、社会の構造も変わるのではないか。総じて、人間の社会、存在、欲望、価値、財産、哲学なども新たな方向へ収斂しつつ「進化」するに違いない。人類史の舞台で新しい時代の幕が上がりそうである。


インターネットが一般に普及してここ2、30年足らずの間に、私たちの生活は劇的に変化しました。30年前にスマホという携帯できる端末を1人1台もつような未来を想像した人は一体何人いたでしょう。同じように、人工知能という技術が台頭し飛躍的に進化している今、この先の未来は私たちの想像を超えたものになる可能性が大いにある。

 人工知能の進化とともに、私たち人間も人間の強みを活かして、豊かな未来に向けて進化していく必要があるのではないでしょうか。


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