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  • 執筆者の写真Jun Miyake

「もの」ではなく「状態」が主導する世界

 バイオテクノロジーに大きな期待が寄せられている。そして、未来技術として経済の重要な柱と考える向きもあるようだ。自動車・半導体産業に並ぶ巨大な産業を作るという。意外な話と感じられるのは、これまで生物学とその派生技術である医学、薬学は基幹産業からずいぶんと遠いところにあったからである。

 近代の産業技術は、適用範囲の広い単純な原理を確立し、エネルギーを使って大量のものを作るところに特色がある。原理の発見から大量生産に至るかたちが産業化の法則のごとく考えられてきた。ところがここにきて大量生産が資源の枯渇を招き、地球環境を汚し、不可逆の変化を招いている。ものに依存した価値観を信奉し続けることは不可能になりつつある。医学の周辺が将来の基幹産業の領域として注目されるのも、単純に延命や経済的な面からのインパクトだけでなく、人間の「優しい知恵」が働いて、人類の活動の方向に影響を与えているためと思われる。

 では次世代の産業技術はどのようなかたちをもつのであろうか。生物には単純さが不足していて、20世紀型の産業技術=大量生産とは到底結びつかない。しかし、歴史的に見れば、産業全体もエネルギー・物質依存型から情報依存型へ変化しつつあり、そこに生物にかかわる技術が浮かび上がる可能性が考えられる。

 生物の特徴は、圧倒的な情報量である。たとえば細胞の機能は、遺伝子やタンパク質の機能がさまざまに組み合わさって初めて発現するが、その組み合わせはゲノムの情報量の階乗レベルに達し、コンピューターの扱う世界をはるかに越える。生命とは莫大な情報がエネルギー・物質と混じりあう場であり、生命の場におけるこの混沌を把握することが生物物理学の根本課題の1つであることは言うまでもない。

 我々はその流れの先に「もの」ではなく「状態」が対象となる世界を想像する。現状はあまりに原始的な技術である故に例になりにくいが、強いて示せば、再生医療も臓器作り産業ではなく、細胞と組織の状態制御技術、すなわち大量の情報を制御して物質の存在状態を変える技術、として発展するものであろう。医学はその一部であって、さまざまな階層に変革が及ぶと思われる。人間の興味と価値観は「優しい知恵」に導かれて大きく変化するに違いない。生物諸科学の役割は重い。


出典:三宅 淳 生物物理42,p153(2002)「巻頭言」より改変

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